少年の心で、思う存分愉しみましょう
「南海の太陽児」（横溝正史）
（「横溝正史少年小説コレクション
⑦南海囚人塔」）柏書房
ボルネオの奥地に、
文明と未接触のまま存続している
倭寇末裔の国･やまと国。
その国からの使者が
龍太郎のもとに現れる。
やまと国が
危機に瀕しているというのだ。
龍太郎は蘭領印度へと向かうが、
そこに国籍不明の
潜水艦が現れ…。
ついに刊行された
｢横溝正史少年小説コレクション
⑦南海囚人塔｣。
12月28日という暮れの
押し迫った時期の発売だったため、
我が家に到着したのが元日午後。
素敵なお年玉になりました。
収録作品一番手は｢南海の太陽児｣。
探偵ものではなく、冒険物語です。
【主要登場人物】
東海林龍太郎
…龍神館主人の若者。
東海林健三
…龍太郎の父親。やまと国王女との
間に龍太郎を授かる。
降矢木大佐
…健三の親友。
龍神館にて龍太郎を育てる。
寺木中尉
…龍太郎とともにやまと国に
潜入する密命を帯びた軍人。
ヒアテ
…ボルネオの娘。龍太郎に恋をする。
日姫･月姫
…やまと国女王姉妹。
和田太郎左衛門幸盛
…やまと国王室重鎮。
熊丸三郎
…やまと国王室側近。
怪しい行動をとる。
ジョンソン
…龍太郎のやまと国接触を
妨害する白人。
本作品の味わいどころ①
冒険、冒険、また冒険
龍太郎はボルネオに向かう航路の途中で
いきなり潜水艦に拉致され、
敵の虜となるのです。
しかし何故か潜入していた
日本人密偵の協力により脱走、
降矢木大佐と無事合流します。
その後も現地の部族に拉致されたり、
やまと国到着後も敵の奸計にはまり、
命を落としそうになるのです。
龍太郎だけではなく、
降矢木大佐、寺木中尉も同様、
何度も命の危険にさらされます。
冒険、冒険、また冒険。
｢海底軍艦｣でおなじみの
押川春浪も仰天する
大冒険エンターテインメントと
なっているのです。
本作品の味わいどころ②
南海の密林の奥に室町武士団
そのやまと国なのですが、
16世紀に日本の鎖国政策で
帰還できなくなった倭寇によって
建国されたという設定です。
しかも周囲を天然の要害
(取り巻く山々からはなんと毒性の
強い火山ガスが吹き出している！)に
囲まれ、何人たりとも
侵入できないという恐ろしい立地です。
そこにあったのは、
なんと室町時代そのままの日本人街。
名前は和田太郎左衛門幸盛といった
由緒正しい格式あるもの、
挿絵に見られる姿格好も
そのまま戦国武士。
まるで現代から戦国時代に
タイムスリップしたかのようです。
｢戦国自衛隊｣の半村良も真っ青の
大SFスペクタクルと
なっているのです。
本作品の味わいどころ③
もしかしたら主人公はヒアテ!?
ところが
読み終えてから冷静に考えると、
龍太郎の活躍がほとんどないのです。
囚われの身となった際に
大男たちを投げ飛ばしたくらいで、
あとはマラリアに罹ってうなされる、
原住民に捕まって逆さづりにされる、
日姫･月姫に歓待されて一月過ごす、
ほとんどいいところがないのです。
そのかわりに大活躍をしているのが
ヒアテです。
獅子奮迅の働きをするのです
(詳しくはぜひ読んでお確かめを)。
実は女の子が主役だった!?
｢時をかける少女｣の筒井康隆も
裸足で逃げ出す
スーパーヒロイン小説と
なっているのです。
もちろん疵も多い作品です。
降矢木を暗殺しようとするくらいなら、
なぜ龍太郎を抹殺しなかったのか？
毒ガスに上空まで守られているなら、
やまと国住人はなぜ死なないのか？
突っ込みどころを探せば
山ほどあります。
しかし面白いのです。
圧倒的な面白さが
そんな疑問を吹き飛ばすのです。
これまでは｢少年小説体系｣という
全集ものに収録され、
古書をあたるしか
読む方法がなかったのですが、
それが横溝生誕120年の節目の年に
甦ったのです。
柏書房の
大功績と言ってもいいでしょう。
少年の心で、この横溝の
大冒険エンターテインメント･
大SFスペクタクル･
スーパーヒロイン小説を、
思う存分愉しみましょう。
（2022.1.14）
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